C-brand

 

 


 

 

 



 

  

 

【 ご 注 意 】

*「美 女 と 野 獣」 パロディです。とかいって、原作童話どこいった。

*のんびり、亀更新。

 

 

野獣には、血も涙もありません。

大きな命を焼き払い、小さな命を踏み潰し、

 

Story4秘密の花園(シークレット・ガーデン)

 

 

ニブル山の古城に棲む、一匹の野獣。

何百年前も前からそこで人を食らい、天を荒れさせ、地面を揺らし…

そう、ニブルヘイムの地誌に記載してある。

 

その野獣が、実は料理好きで、三度の食事だけでなくおやつにクレープやらプリンまで焼いて、

囚われの生贄に新妻よろしくせっせと運んでくる。そんな事実は、どの本にも書かれていない。

そして、野獣の名も――どの書籍においても、明かされていない。

 

「オマエは、また本の虫か。」

クラウドは昼夜問わず、例の書斎に留まることが多くなった。

知りたいことが、あったのだ。ここでなら、少しでも事実に近づけるかもしれない。

本ばかり読むクラウドに呆れながら、男はいつものように数メートル離れた位置に腰を下ろした。

 

「だって、アンタが教えてくれないから。本当のこと。」

「……本当のことって、」

 

 

 

 

「崇りも呪いも、あるわけない。嘘だ。」

 

 

 

 

男はしばらくの間、無言だった。いったい今、彼はどんな表情をしているのだろう。

彼を纏う闇が、どうしようもなくもどかしかった。

「…嘘じゃねえよ。」

「嘘だ。」

「なんでそう思う?」

 

どうしてだろう。そう問われると、言葉にするのはひどく難しいのだけど。

もともとクラウドは、不確かなものよりも、自分の目で見えるものを好むところがあった。

だから目に見えぬ『崇り』や『呪い』は、なんら非現実的な妄想にしか思えない。

でも、たぶんそれだけではなくて――、

 

 

 

「アンタに、人を殺せない。」

 

 

 

姿も知らぬこの男の、いったい何をわかっているのだろう。

…わかったつもりでいるだけなのかもしれない。

「それは、買いかぶりってもんだ。」

男はまた、例の自嘲めいた口調で笑った。

「俺は人殺しだ。…数えきれない人間の命を奪ってきた。」

「じゃあ、村の人は?あの病も、本当にアンタのせいだっていうのかよ…!」

呪いなどという不確かなもので、あのような病を生むことが出来るというのか。そんな馬鹿なことが、

 

「村の連中は、そう言ってただろ?」

「言ってた、けど…」

ニブルヘイムは無医村であり、薬学や医学の知識は無いに等しい。

科学的な根拠などは一切求めず、思想だとか伝統だとかを大事にし、

天災や病を、神や悪魔の所業だと主張する。

 

 

 

それはまるで、不幸を誰かのせいにして、ようやく生きていける人間の弱さそのもの。

 

 

 

クラウドは、自分の眼で見たものを信じたい。

他の誰かの言葉ではなく、この男から紡がれる言葉だけを。

 

 

 

 

「人間を、殺してやりたかった。だから、俺が殺したんだ。」

 

 

 

 

男は、迷いなくそう言った。

「仮に。仮にだけど…もしも俺にそんな力はなくて、村の連中の死が、他に原因があったとしても。

……殺してやりたいとあれほど思ったことが、悪じゃないと言えるか?」

「え…」

「だから、どっちでも大して変わらない。どっちにしても、俺は悪者だ。」

それでは、まるで。

人を憎んだこと自体が、許されないと言って苦しんでいるように――

 

男は、書斎から出ていこうとする。足音が遠くなるのを、どうしてか寂しく感じた。

このまま、男が闇に溶けてしまいそうで。

 

 

 

「――ザックス=I」

 

 

 

「え…?」

「俺、こないだ食べたワッフルが食べたい。蜂蜜がいっぱいかかったやつ。」

「……いいけど。さっき、昼飯食ったばっかじゃん。」

「つべこべ言うな!いいから作って持ってくる。」

「…ハイ。」

 

いったい、どっちが囚われの身なのか。どっちが城の主なのか。

再び遠ざかる足音に向かって、もう一度声をかけた。

「ザックス、」

「うん?」

「早く戻ってこいよ。」

「……了解。」

男が、くすくすと笑った。

それは自嘲めいたそれではなくて、純粋に楽しそうな声だ。

書斎の扉がしまり、男の足音が聞こえなくなったけれど、今度は先ほどまでの焦燥感はない。

戻ってきたら、また男の名を呼ぼう。

たぶん、呼ばずには、いられなかった。

 

 

 

 

 

彼がこの暗闇に、溶けてしまわぬように。

 

 

 

 

 

 


 

野獣の名は、『ザックス』というらしい。そう男が教えてくれた。

それ以外のことは、いまだに知らない。

彼が何歳なのか、どんな姿なのか。そもそも『人間』なのか、彼の言葉どおり『化け物』なのか。

 

だけど、わかったこともある。

書斎の莫大な蔵書数からもわかるように、彼は医学や薬学、それに魔法学や錬金学に

精通しているということ。もしかすると以前、医者か研究者だったのかもしれない。

 

それに、小さな生き物や花を好むこと。

男の部屋にあるというテラスにニブルバードが巣を構え、親鳥は一日中卵を温めているのだと、

そう嬉しそうに話していた。そしてこの冬を乗り越えられるか心配だと、そうぼやいていた。

そのテラスや部屋の中で、花やハーブを育ているらしく、別に頼んでもいないのにクラウドの部屋には

色とりどりの花が飾られるようになった。

思わずその飾られた花の香りに誘われ、鼻を近づけると、男は「オマエに似合うよ」と笑った。

 

実は、寂しがりやであること。

ニブルバードが冬の寒さで死んでしまわないか、クラウドが城から出ていってしまわないか――

いつだって気にしていて、一日に何度も広い城の中でクラウドを探していた。

だったら、部屋に鍵でもかけて閉じ込めればいいのに、彼はそうしない。

クラウドはベッドに縛りつけられているわけでもないし、部屋に錠がかかっているわけではないし、

それ以前に、この城に留まれと命令されているわけでもない。

「帰りたいならそうすればいいし。ここにいたいなら、そうすればいいさ。」

そう、帰る帰らないはクラウドの自由だと、いつも男は言っていた。

 

 

 

だから別に、ここに留まる必要はない。

 

 

 

必要はないのだけど――今、村に帰っても、はたして村人はクラウドを受け入れてくれるだろうか。

崇りや呪いを彼らが信じているのなら、クラウドが無事村に戻ったことで、それを批難するだろう。

おまえのせいで病は治らないのだと、クラウドも、そして母も責められるかもしれない。

母やティファ、村のことは心配ではあったけれど、それでも今はやはり、

(…帰れない。)

病の原因を知るまでは。

崇りや呪いなどではなく、もっと地に足のついた答えを

 

 

 

 

 


 

「…アンタは、医者なのか?」

すっかり男と食事をとるのが当たり前になり、何度目かの夕飯のときに、男に尋ねてみた。

男の手元しかクラウドには見えないが、その長い指が器用にナイフやフォークを扱うのを

思わず凝視してしまう。皿の上でエビの殻をむいたり、肉を小さく切ったりと忙しいようだ。

 

「いや、違うけど。なんで?」

綺麗にむかれたエビや、食べやすい大きさに切られた肉、あえて人参を抜かれたシーザーサラダ…

それらをクラウドの座るテーブルの位置へと寄こしてくる。

どうやら、自分が食べる分ではなかったらしい。

人参が嫌いだなんて言った覚えはないのに、彼にはお見通しのようだった。

 

「だって、医学書いっぱいあるし。それに、回復魔法とか薬草とか、扱えるんだろ?」

「まあ、使えるけど。そんなに詳しいわけじゃねえよ。」

「でも、前にお腹が痛いとき、治してくれたし…」

あの魔法は、どんな薬草よりも早く、そして正確に効いた。

クラウドにとって、魔法の力の偉大さを初めて体感した瞬間だった。

「え?ああ…、」

ザックスの声が、少し小さくなる。

 

「…あの時は、悪かったな。生贄って言われて、イラついて。オマエに八つ当たりした。」

「……」

あの時。それはつまり、男に体を貫かれたときのことだ。

「村の連中に、勝手に怯えられて…なんていうかすごく、虚しくてさ。」

「虚しい?」

「頼んだ覚えもねえのに、生贄とかいってよこして。俺、どんだけ化け物だよって話。」

 

ザックスからすれば、村人に勝手に生贄を押し付けられたようなもの。

腹を空かせているから餌を与えておこうなどと、それではまるで獣扱いではないか。

それは、クラウドとて同じことで。

最初、彼を人として見てあげなかったのだから。

「……ごめん。」

それが恥ずかしくて、情けなくて、思わずザックスに謝罪する。

 

「え?!なんでオマエが謝るんだよ。っていうか、違くてだな、悪いのはどう考えたって俺の方だし、」

「俺が、酷いこと言った、から…」

食事だ、などといって。頼まれてもいないのに体を差し出した。

彼を人食いの化け物だと思い込んで。

「ちげえよ、俺が悪かったんだ。オマエが、村の連中に無理やり生贄にされたってこと、わかってたし。

オマエが村の病気を治したいって思ってることも、わかってた。なのに…」

「……。」

 

 

 

「オマエが、すっげえ可愛かったから。我慢できなかった、ごめん。」

 

 

 

ガシャン!

まさか男からそんな言葉が出てくるとは思わず、つい手元からフォークを落としてしまう。

「ば、ばかじゃない…なに言って…」

「今の忘れて!今の嘘、いや嘘じゃねえけど、恥ずかしいから忘れてくれ!」

クラウド以上に、ザックスは動揺しているようで、声が裏返っている。

いつもは低い声で、唸るように言葉を話すのに。

もしかすると、これが男の本来の性格なのだろうか。

 

顔が熱い。脈が速い。いったい、どうしたというのだろう。

可愛いなんて、男が言われて嬉しいわけないし。

あの日のことは、絶対に許せるわけがないのに。

胸の奥底でくすんでいた黒いものが、男と過ごすうちに、少しずつ消えていくような錯覚――

 

「もう、あんなことはしないから。」

「…え?」

「オマエを、泣かせたりしない。命にかけて。」

「命って。さすがに、大袈裟じゃない。」

 

 

 

「大袈裟じゃねえよ。オマエを泣かすぐらいなら、死んだ方がいい。」

 

 

 

「……っ」

恥ずかしくて、もうどうしようもない。

思わず、テーブルの上のグラスワインを一気に飲み干した。

「…おい、待てって。さすがに一気すぎ…」

「飲まずにいられるか!ばかザックス!」

意味のない罵倒を繰り返し、自ら酌をして、次から次へとアルコールを流しこむ。

 

ザックスが、慌てて席を立ってこちらに駆け寄ってきたときには、すでに意識は朦朧としていた。

椅子から転げ落ちそうになった瞬間、後ろから肩を抱かれる。

ぐるぐるとまわる視界に、一瞬彼の青い瞳が見えた。

「ザック…」

「ったく、男の前で酔い潰れんな。また食っちまうぞ。」

 

出来もしないことを、ザックスが言う。そんな滑稽な彼が面白くて、嬉しくて―――

彼の耳元にそっと口づけをした。そうして、そのまま体を預けて眠りへと堕ちて行く。

「くそ、可愛いな」と、小さな舌打ちが最後に聞こえた。

 

 

 

 

 


 

「起きたか?酔っ払い。」

「ん〜あと5分…」

「別に、5分でも1時間でも寝てていいけど。もう昼近いぞ。」

「ひる…?」

 

どうりで、さっきから陽の光が眩しいわけだ。

窓からは日光が射し込み、外の雪景色がなおのこと、クラウドの眼を刺激する。

(まぶしい……眩しい??)

そんなわけがない。

だって、ここはクラウドの住んでいたニブル村の家ではなく、明かりひとつ零れることのない城の中――

 

「ここって、」

見たこともない空間。

クラウドは青い色調の大きなベッドに寝かされていて、そのすぐ目の前の窓際は

天井部分が高い吹き抜けになっている。

そこの真下はリトルガーデンになっていて、花や観葉植物が屋内栽培されているようだった。

「綺麗……」

クラウドの部屋に飾られた花は、ここで育てられたものなのか。

白い格子の大きな窓の外に広がるテラス、そこからはピヨピヨと小鳥の囀りが聞こえてくる。

 

「ニブルバード。気の早い奴がいたらしくてさ。一羽、もう卵から出てきたんだ。」

すぐ後ろ、耳元でそう囁かれる。

どうやら男に後ろから抱きしめられているようだ。

反射的に後ろを振り向こうとすると、腹に回された腕に力がこもり、それを止められる。

 

 

「ごめん。振り向かないで。」

 

 

「……」

たぶん、無理にでも振り返ることはできた。

だけど、そうすることが出来なかった。…男が悲しむ顔を、見たくなかったから。

 

 

「雛、可愛いだろ。オマエにどうしても見せたくてさ。」

「……ここ、ザックスの部屋なの?」

「ああ。」

「ここに入ったら、命はないって、」

「……ここ、雨戸ないから。オマエに、俺の化け物みたいな顔――見られたくなくて、脅かした。」

ごめんな、と。頭をそっと撫でられて、目の奥がつんとなった。

 

 

「………。」

「………。」

互いに、長い沈黙。

ただ、テラスの巣から聞こえる、小鳥の囀りだけが耳に届く。

「俺は、化け物でもいい。」

「………。」

「ザックスが、どんな顔だっていいし。人間じゃなくてもいい。今まで……何人の人を、

殺してきたとしても。俺は、」

「………クラウド。」

小さな声で、けれど、名を初めて彼に呼ばれ、そんな些細なことがあまりに嬉しかった。

 

 

 

 

 

「ピヨピヨうるさいザックスが、好きだよ。」

 

 

 

 

 

こんな小さな命を、愛しいと思えるこの人が。

憎むべき人間である自分を、壊れないように優しく抱きしめてくれるこの男が。

 

小鳥の囀りと、野獣の声にならない声―――

 

ただそれを、いつまでも聞いていた。

………ザックスの涙が枯れるまで、ずっと。

 

 

 

愛しい、俺の野獣――

 

しょうがないから、アンタが泣き止むまで

付き合ってあげてもいいよ。

 

もう少し、もう少しだけ…

 

この大きな世界のかたすみ、小さな部屋で

ふたり、寄り添っていようね。

 

 

 

 

 

NOVEL top

C-brandMOCOCO (201271

鬼畜どころか、甘えんぼに…

 

 

 

 


 

 

inserted by FC2 system