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【 ご 注 意 】

*「美 女 と 野 獣」 パロディです。とかいって、原作童話どこいった。

*のんびり、亀更新。

 

野獣が、忌まわしい呪文を紡ぎます。

 

それは まるで、

人の悪意を そのまま言葉にしたような。

 

Story7.優しい呪い

 

 

 

「…なんか、クラウド、今日も怒ってない?」

「怒ってない。」

「でも、顔ぶすっとしてるじゃん。」

「怒ってない。」

「ほら、また『怒ってない』しか言わないし…」

「……えっと、」

 

確かに、ザックスの指摘通り――これでは、昨日のやり取りと同じだ。

こんな風に返せば、ザックスをまた傷つけてしまうかもしれない。

そう思って、慌てて他の言葉を考えた。

 

「……ぶすっとしてるのは、元からだ。俺、仏頂面で可愛くないって、よく大人たちに言われたし。」

物心がついた頃から可愛げがないと、村の大人たちによく言われていた。

というのも――母子家庭を見下すような村人たちの態度に、母を守りたいという子供なりの想いで

周囲に噛みついてばかりいた。それでますます大人たちに疎まれた。

たしかに、可愛げの欠片もない子供だ。

 

「大人たちって、母ちゃんに?」

「…母さんは、言わない。親ばかっていうのかな、いつも俺のこと可愛いとか天使みたいとか、

そんなことばっかり言うから。」

クラウドの母は病弱ではあるけれど、気丈で明るい性格、よく笑う人だ。

よく叱られたりもしたけれど、それ以上に甘やされた自覚がある。

 

クラウドにとって、世界で一番大切な人――

母は唯一の肉親であり、唯一自分を守ってくれた人であり、唯一自分が守りたい人だ。

…少なくとも、『彼』と出逢うまでは、そう信じて揺るがなかった。

 

「ああ、それ、なんかわかるなぁ。」

「なにが?」

「オマエが天使みたいだってのも、母ちゃんにめちゃくちゃ愛されたんだなってことも。」

「……よくそんな、」

 

よくもまあ、そんな恥ずかしいことを。彼はさらりと言えるものだ。

テーブルの上の黄金色をしたコンソメスープを一サジ掬ってから、スプーンとナプキンを机上に置くと、

ザックスは自分の言葉でクラウドの機嫌を損ねたのかと、また慌てだす。

 

「クラ、もう食わないの?…やっぱり、なんか怒ってるだろ。今朝のことか?」

「違うよ。」

 

 

 

 

 

今朝、目が覚めると、やっぱりザックスは隣にいなかった。

彼のベッドの上で、独りきりの朝を迎え――また言いようのない喪失感に襲われそうになったとき。

ザックスの枕の上で、キラリと何かが鈍く光った。

(…ドッグタグ?)

そのペンダント・ヘッドは傷だらけで、彫られている文字のほとんどがわからなかったけれど、

Zack Fair』という彼の名だけは読むことが出来る。

 

そういえば、彼が歩くたびに…首元で何かがチャラチャラと揺れるような、金属音がしていた。

このドッグタグを、いつも彼は身に付けているのだろう。

ドッグタグ、それは兵士が所持する認識票…と、本で読んだことがある。

もしかすると、ザックスは医者でなく――衛兵だったのだろうか。

そうであるならば、あの信じられないほどの馬鹿力も、まあ納得できるかもしれない。

 

だが、今はそんなことよりも。

何故、彼のドッグタグが枕の上に置かれているかということで――

 

(落とした…?)

たぶん、違う。ザックスは彼自身の『代わり』に、これを置いて行ってくれたのだ。

クラウドが、寂しくないようにと。

そんな意味のないようで、意味のある優しさが嬉しい。

 

そのタグが彼の一部であるように感じて、そこに刻印された文字を指でなぞる。

ざらりとした傷跡の感触が、まるでザックスそのもののようで。

何度も何度も、慈しむように繰り返した。

 

 

 

 

 

 


 

 

「だから、怒ってないってば!」

ついムキになって声を張り上げてしまい、少し後悔はしたものの…クラウドは、本当に怒ってなどいない。

ザックスはドッグタグを返せとは言わず、それは今クラウドの胸で揺れている。

オモチャを貰った子どものように、もう少しこれを独占していたいと思うのだ。

胸の前でチェーンが音を立てるたびに、それが何やらカッコいいし、誇らしいとさえ感じる。

 

「…じゃあ、なんでメシ食ってくんないの?オマエ、オムレツ好きだろ?」

トマトとシーチキン、チーズの入ったオムレツ。

たしかに、クラウドのお気に入りではあるが、どうしても喉を通らない。

「あんまり食欲、ないんだ。美味しいんだけど…残してごめん。」

 

考えたいことがあるから一人にしてくれと、そう言い残してクラウドは部屋に戻った。

こんな言い方では、言葉が足りないだろう。

また誤解を招いてしまうとわかっているのに、今はこれが精一杯だった。

なぜなら――

 

 

 

 

 

ドサッ!

 

 

勢いよく、自室の小さなベッドに倒れこむ。

(体が、だるい…寒い…、頭、いた…)

昨日、ザックスを避けて、一日中外に居たからだろう。

『風邪ひいたらどうするんだ』という、彼の言葉どおりになってしまったのだ。

(寝てれば、良くなるはず…)

夕飯時には治っていてほしい。そうでないと、彼にバレてしまうかもしれない。

ベッドの上の毛布をかき集めて、顔までもすっぽりと潜り込み、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 


 

 

 

夢を、見ていた。

 

 

 

 

クラウドの母が、見慣れた白いキッチンで料理をしている。

玉ねぎを切りながら、まるで少女のように涙目で、でも楽しそうに笑っている。

その隣で、大きな鍋をかき混ぜているのは、誰だろう?

とても背の高い男――黒髪の男は、すらりとしているのに、戦士のような力強さもある。

(父さん……じゃ、ない…?)

父親ではない。

父はクラウドが幼い頃に戦死したから、顔はほとんど覚えていないのだが、

アッシュブロンドで痩身の男だったと聞いている。

 

その黒髪の男は、母の涙を指先で拭う。

そうして、クラウドの存在に気付いたのか、二人がゆっくりと振り返る――

母は「お寝坊さんね」と言って笑い、隣にいる男は小さな皿をクラウドに差し出す。

「味見して」と、そう言って渡された小皿の中にはクリームシチューが一口分、

 

 

それを口にした瞬間、彼が誰なのかわかって、涙がこぼれた。

 

 

ニブルの家庭料理なんだろ?本で読んだ

…オマエが、好きだと思ったから。

 

 

「―――――…ッ!」

まるで子供のように声をあげて泣き出したクラウドに、母も男も吃驚したようだ。

どうしたんだとオロオロしながら、男はクラウドの腰を引き寄せて、おでこを突き合わせる。

視界が涙でかすんで、男の顔はぼやけたままだけれど。

見つめてくる男の蒼い瞳は、あまりに優しい。

母は「喧嘩しちゃだめよ」と言いながら、クラウドと『彼』の頭を、交互に撫でるのだ。

 

 

 

 

 

それは、あまりに愛しい、家族≠フ時間、

 

 

 

 

 

 


 

 

「クラウド、気付いたか?…調子はどうだ?」

クラウドの頬を優しく撫でる指。誰だろう、

「ん……さむい…」

母だろうか。

「今、部屋の温度上げてやるから。もうちょっと我慢な。」

「ざ…ザック…?」

それとも、母の隣で笑っていた――

 

「調子悪いんだったら、ちゃんと言ってくれよ。たく…」

「ザックス!」

曖昧だった意識が覚醒し、暗闇の中でも声の主を認識する。

慌てて起き上がるが、頭がぐらぐらと揺れるようで、思わずその痛みに唸る。

 

「こら、寝てろって!辛いんだろ?その様子じゃ、熱もかなりあるぞ。」

「別に、辛くなんか……。ちょっと、風邪っぽいだけだよ。」

「嘘つけ。ベッドでぶっ倒れてたくせに。昼間は態度おかしかったし、晩飯も食いにこないし、

今度こそフラれたかと思ったけど…様子見に来て良かった。」

「心配、かけて、ごめ…」

頭を支えられて、そっとベッドに寝かされる。その腕に逆らわず、大人しく毛布の中に収まる。

 

「ほんとにな。心臓、止まるかと思ったぞ。」

「ザックスは…死なない、んじゃ、ないの…?」

熱で頭が朦朧として。もしかすると、かなりデリカシーの無い物言いだっただろうか。

気を悪くするだろうかと不安になったが、ザックスは優しくクラウドの髪を梳く。

「ああ、撃たれても焼かれても、痛みも感じない。けど、さっきは…死ぬほど痛かった。」

「……なんで、」

 

 

「オマエが泣きながら、苦しい、寒いって、言うから。」

そう言って、繰り返し繰り返し、髪を撫でる。

 

 

きっと今、彼は眉を下げて、とてつもなく困った表情をしているのだろう。

こんな風に優しいザックスを心配させたくないから、隠していたかったのに。

それが裏目に出て、なおいっそう、彼を困らせてしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 

「リジェネ、かけてるんだけど。まだ辛いか?」

ザックスが魔法をかけてくれたからか――寒気が少しずつ和らいでくる。

背筋の辺りからほんのりと温かい何かが、身体の中をじんわりと廻るようだ。

よく見ると、自分の体がうっすらと淡い光で包まれている。

 

まるで、母親に抱かれているかのような、安心感、

 

「まほう…で、風邪も、治せるの?」

「正確には、治せるわけじゃない。弱った体力を回復させたり、熱を下げたりして…体の免疫力が

 ウイルスに勝つのを待つしかない。」

そう、たしかに書斎にある魔法医療の著書でも、同じような内容が記されていたように思う。

薬草や丸薬と同じ、それよりも有効的で効率的ではあるが、

あくまで魔法は『妖かしの術ではない』のだ。

 

「ウイルス……?」

 

覚えのない単語に、クラウドを首を傾げる。

このような状態にあっても、知らないことは明らかにしないと、気がすまない性格なのだ。

それをザックスは知っているから、困ったように小さく笑って答えてくれる。

「ウイルスってのは、病原のことだよ。それが生物の恒常性に影響を与えて…」

「こうじょうせい?」

「えっと、つまり、目に見えない小さな悪いやつが、クラウドの体に入って暴れてるってかんじ。」

「…ウイルス……」

 

『病』を、そんな風に考えたことがなかった。

少なくとも村においては、病とは『神の怒り』や『悪魔の呪い』だと言われている。

それらが迷信であることは、さすがにクラウドは悟っていたけれど、

だが一方で否定できるほどの確かな論理も持ち合わせていなかった。

もっと聞きたいというクラウドに、ザックスは「また今度な。とにかく今は寝ろ。」と言って

毛布を肩までかけ直す。

 

 

 

ザックスが動く気配がして、このまま部屋を出て行ってしまうのかと感じた、そのとき。

思わず飛び起きて、手を伸ばしていた。

「ザックス!ザックス!ザ…っ」

叫ぶように彼の名を呼んで、ついむせてしまうと、ザックスの手がクラウドの背をさする。

「どうした?ここにいるよ。」 

「ずっといる?」

 

 

 

「…うん。オマエが必要としてくれる限り、ずっと。」

宥めるように、握られる手。

それを握り返してみても、それだけでは安堵できないのは何故だろう。

 

 

 

「ずっと、いて…」

 

 

 

幼い子供のような我儘だ。――泣きながら、あれが欲しいと駄々をこねるなんて。

でも、たぶん、クラウドはもう子供じゃない。手に入れたいから子供は泣くけれど、

自分はおそらく、手に入らないとわかっているから泣いているのだ。

 

 

 

 

『ずっと一緒に』、なんて――それは、叶わないことだと知っている。

 

 

 

 

「頼むから、泣くなよ……オマエに泣かれると、痛くて、死にそう――」

ザックスはそう言うけれど。もう、頷いてはくれなかった。

きっと、彼もわかっているのだ。

 

永遠が、ここにないこと。

 

クラウドには絶対に捨てられない母がいるし、ザックスにも捨てきれない過去がある。

二人は、ずっとこの城で一緒に暮らせるわけではない。

それでも、ザックスの手を痛いほどに握りしめながら、叶わぬことを願ったのだ。

何度も、何度も。

 

 

あの夢のように、この人に優しい未来があるようにと。

ザックスが、光の下で目を細める、そんないつかが―――

 

 

 

 

 

それが叶わないなら、いっそ、この人と闇の中に堕ちていきたい。

どこまでも、どこまでも、一緒に。

 

 

 

 

愛しい、俺の野獣――

 

俺のことばっかりじゃなくて

どうか、その優しい魔法を自分にかけて。

 

…その傷が癒えるなら、

絶対に捨てられないものを

捨ててしまっても いい。

 

俺の方こそ、きっともう

人ではないんだよ。

 

 

 

 

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C-brandMOCOCO (2012722

一番大切なもの、の答え。

 

 

 

 


 

 

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