ご注意
*「トモダチ、はじめました。」その後のお話。
*ザックスが年上リーマン、クラウドが大学生かつコンビニのアルバイト店員という現代パラレルです。
*一度結ばれた二人が、「二度目の試練」にもだもだしたりする…緩い話。
*後編こそEROです。


最近 よく聞かれるんだ。
「優しくなったね、何があったの?」て。

白いブーケと、チョコレートケーキを買って、
ああ君の喜ぶ顔が見たいなって。

そんなことしか考えていないんだけどね。

【中編】

「カンセル、これ借りてたやつ。返すわ。」

ドサドサ!
テーブルの上で無造作に広げられた数枚のDVD。
そのパッケージを見たカンセルは、食べていたローストターキーのベーグルサンドを盛大に鼻から出した。
「ゲホゲホッ!おま…っ、何広げてんだよ!!」
「汚ねーなカンセル。」
「誰のせいだ誰の!ここ、社内!堂々とAV出すな!」
「いや、だって借りたもんは返さないとだし。」

もう正午はとうに過ぎていて、ランチタイムには遅い時間。
ラウンジ内には、お喋り好きな事務職OLたちの姿はなく。各々新聞を読んだり、タブレットをいじる男性社員が数人いる程度だ。
女性と違って、こちらに聞き耳をたてたりはしないだろう。
…でもさすがに、何かにカムフラージュさせて渡せばよかったかもしれないと、カンセルが鼻をかむ姿を見ながら反省する。

「っていうか俺、お前にやるって言っただろ。俺の好みじゃねえんだって。俺はおっぱいより断然、足派なんだよ。」
鼻をかみ、一通り周りを確認してから、カンセルは少し落ち着きを取り戻したようだ。
そう、目の前に広げられたいかがわしい映像作品≠フ数々は――
もともとカンセルがいらないからと、ザックスの手に渡っていたものだ。もう半年以上前のことになるけれど。
それらのパッケージには、カンセルの好みとするタイプ――清楚で細身、控えめな女であるが――
とは真逆の、セクシー系グラマラス美女たちが映っている。つまりはそう、「ザックス好みの女」である。

「でも、俺ももう使わないし。」
「お前、これで抜けないならインポだとか言ってたじゃねえか。おっぱいでかい痴女系、好きなんだろ。」
「んなこと言ったっけ?うーん、でもこの子じゃもう勃たないんだわ。全然駄目、むしろ声とかアンアンうるさくて
萎えるっていうか。やっぱりさあ、もっと恥らう姿が見たいんだよな。男としては。」
「……まあ、同感。」
「おっぱいもさー、前はたしかに巨乳派だったけど。今は無駄にでかい乳輪よりもこう、
小ぶりのが可愛いかなって。ちっちゃいと感度いいし。」
「同感だな。」
「それに、俺の両手の中に収まっちゃうぐらいのさ、小さい尻がいいな。すべっすべの桃尻ってやつ。」
「尻もいいが、俺は足派だっての。」
「おおカンセル、わかってんじゃん!そうそう、足もいいんだよ。
イヤイヤ言ってるくせにさ、ほっせえ綺麗な足を絡められたりすると、本当やばいわ。興奮する。」
「……あのさあ、」
「最中だけじゃなくて、後わった後に足絡められんのも好き。あれって無意識に甘えてくれてんのかな。」
「―――つまり、ザックス君。」
「あ?」
カンセルはわざとらしく、ゴホンと大きな咳払いをしてみせた。



「ようやく、ヤれたんだな。クラウドと。」



「ヤれたって言うな。愛し合ったって言えよ。クラウドが可哀想だろ。」
「ザックスのくせにきめえ。」
「うっせ!」
「で、どうだったわけ。体の相性は。」
興味本位というよりも。
愛があれば性差の壁は乗り越えられるのか、という――それはカンセルの純粋な疑問だった。



「うん―――最高。最高に、幸せだ。俺。」



問われたのは気持ちが良かったのかどうかなのだから、その答えは少しずれているかもしれない。
けれど、相性がいいとか、具合がいいとか…そんな次元ではないのだ。
その程度の言葉で表現することなど出来やしない。
愛する人を抱きしめて、抱きしめ返されたあの瞬間は――到底言葉では言い尽くせない、まさに至福だ。



静かに、けれど噛みしめるように。幸せだと一言口にしたザックスに、カンセルは片眉をあげた。
さも「意外」と顔に書いてある。
「…なんかお前、一皮剥けたってかんじだな。」
「いや元から被ってねえし。」
「ちげえよ!だから、なんつーの?新婚ボケしてるだけじゃなくってさ、ちゃんといい顔してんじゃん。」
「どんな顔?」


「護りたいものあるって、そういう顔。」


どんなに愛し合っていたって、今この国で二人が夫婦≠ニ認められることはない。
何度情を交わしたって、二人の間に子供≠ニいう結晶ができることもない。
けれどそれでも、ザックスは「夫」の顔をしていた。
ただ恋に浮かれているだけではない。
慈しむこと、与えること、守ることを知っている、それは紛れもなく「夫」の顔であった。


「俺、ますますいい男ってこと?」
「自分で言っちゃ台無しだけどな。少なくとも女子たちはキャーキャー騒いでるぞ。」
「ふーん?」
「ほら、噂をすれば。お前にお熱の子たちがきたぞ。」
視線だけでこちらに合図をしたカンセルは、先ほどのいかがわしいDVDを、ベーグルサンドが入っていた紙袋へと素早くしまう。

「あ!例の二人組いるよ!」
「ほらね、ランチ遅い時間にしてよかったでしょ?」
社内で見かけたことがある程度の、顔と名前が一致しないOL女性たち。
しかし向こうはザックスたちをよく知っているようで、ほとんどがら空きのテラスにも関わらず、
すぐ隣のカフェテーブルに腰をおろした。

女性たちはコンビニのパスタやサンドイッチを広げると、ちらちらと視線をよこす。
そうしてこちらに聞こえていると知らずに(あるいはあえて聞こえるようにしているのかも)女子トークを始めた。
「見て、今日はグレーのスーツなんだ。超爽やか!やっぱりカッコいいよね〜ザックスさん!」
「アイスブルーのネクタイとカフスもオシャレ!好きな色なのかな?」
「こないだ廊下ですれ違ったら、セクシーな香りしてドキドキした。なんの香水使ってるんだろ?」
さすが女性のチェックは細かい。カンセルが言葉なく肩をすぼませるのがわかって、ザックスも苦笑した。

「え、アンタこないだまで隣のインテリ眼鏡派だったじゃない。」
「そうだっけ?」
「そうでしょ!これ以上ライバルいらないわよ!」
「だって…最近ザックスさん、急にかっこよくなったんだもん。前からオシャレだったし、
洗練されたビジネスマンってかんじだったけど…ますます磨きかかってる気がする。それに、いつも笑顔だし!」
「わかる!ザックスさんの笑顔、超かわいいよね!」
「そうそう!こないだ美味しいお茶ありがとうって言いながら、ニコって笑ってくれてやばかった。
リアルに白い歯がキラッて光ってたもん!」
「何それ、あんただけずるい!」
「私も今朝、おはようってウィンクされたよ。朝からあんなチャーミングな人いないよね〜!
他の男たちなんて、ふんぞり返ってるだけでさ。私たちみたいな事務職にはろくに挨拶もしないのにね。」
「ずるい!私もウィンクされたい!」
「実は私も…」
「ちょっと、アンタも抜け駆け?」
「先週、貧血気味でふらついてたら、ザックスさんが医務室まで連れて行ってくれたの。
『朝ご飯はちゃんと食べなきゃ駄目だよ』って言いながら、チョコレートくれた!」
「何それ!超優しいじゃん!」
「抱かれたーい!」
「いっそもう結婚してほしい!!」




「……俺、インテリ眼鏡′トばわりだぜ。名前も憶えられてないのかよ。」
噂話というには声のボリュームが全く控えめではなくて、女性達の会話はほとんど丸聞こえだ。
「最近の若い女の子たちはまったく」などと呟くカンセルはだいぶ古風な気質だけれど、今回はザックスも同意だ。
少なくとも結婚してほしい≠ネんて女性が口にするのは一生に一度だけのはず。
生涯唯一のパートナーを見つけ、法律上どうあろうとまさに「結婚」したばかりのザックスとしては、 その約束はひどく神聖なものに感じる。
容易く口にすることではない。

「あの子たち、営業事務の子だろ。カンセルは総務課で人気あるらしいぜ。落ち込むなって、」
肩を落とす友人を慰めるつもりで、持参した小さな水筒から熱い味噌汁をついでやる。
勧められるがまま、それをすすったカンセルは
「しょっぺえ。」
不味くはないが――ザックスの料理の腕前から期待値が大きかった分、思わず正直な感想を口にする。
「…お前には二度とやらねえ。せっかく俺の幸せ、分けてやったのに。」
昨夜クラウドに作ってもらったものを、あえて残しておいて昼食に持参したザックスにとって。
この味噌汁は、一日を乗り切る最高のエネルギー元である。
誰が作った味噌汁であったか、ようやく思い至ったカンセルは苦笑しながら軽く詫びをいれた。

「お前、あの子たちが言うようにさ。やっぱり変わったな。」
「どうなんだろうな。まあ確実に変わったとしたら、あの子たちに好かれても全然嬉しくないってことかな。」
ピンクや白、黄色とパステルカラーのカーディガンの女の子たちは皆、たしかに可愛いけれど。
色が違うだけで、どの子も同じに見えてしまう。
こういう不特定多数の女性に選ばれる、優れた男であること――
過去の自分は確かにそれにステータスを感じていたけれど、その価値観が今では全く理解出来ない。
たった一人の子に選ばれることが大事なのだ。それしかいらない、今ならそう言える。

「明るくなったとか、優しくなったとか、すっげえ褒められてんじゃん。
もてたくもないのに、誰かれかまわずそういう態度とってんの?」
ザックスを責めるような、からかうようなカンセルの指摘に。
「だって、俺にはクラウドがいるから。」
素直にそう答える。

「…クラウドがいてくれるから、仕事も張り合いが出てさ。
もうじっとしてらんないぐらい、毎日ワクワクするし楽しいんだ。
それに、なんていうか――人に、誰かに、優しくしたくなるんだよ。」

異性に好感をもたれたいわけじゃない。職場で評価を得たいわけでもない。
ただ、彼をこの胸の中で想うだけで――




「あいつのこと考えるだけで、すっげえ優しい気持ちになれる。」
優しいって気持ちがこういうことなんだと、彼と出逢って、初めて知ったのだ。




「そうやってナチュラルに惚気んのやめろ…。知ってるか?お前の口癖って『クラウド』なんだぞ。」
「マジか!そういやクラウドの口癖も『馬鹿ザックス』なんだよ!可愛いすぎるだろ?!俺のクラウド!!」
「だから惚気んな。またインポの呪いかけんぞ。」
「やめてカンセル!」
大袈裟に嫌がるザックスに、カンセルは羨ましそうな視線を投げてよこした。

「まあどうせ、お前のことだから毎晩ヤりまくってんだろ。新婚爆発しろっての。」
「………、」
「え、なに?」
「…ヤってねえ、」
「なにが、」





「だから、一回しかヤってねえ。俺たちセックスレスだから。」





ありえない、そう答えるかわりにカンセルは鼻からアロエヨーグルトを盛大にふいた。






*****


二人が初めて肌を重ねてから、およそ一月経つ――
というのに、「二度目」の機会がいまだにないのはどういうことか。
それはザックスとクラウド、どちらのせいでもないし、どちらにも原因があるといってもいい。

思ったよりよくなかったから?
――そんなわけがない。それだけは絶対に有り得ない。少なくとも、ザックスにとってそれは有り得ない。

正直なところ。
たった一度きりのセックスは、大袈裟でなくザックスの人生観を変えてしまうほどに、たまらなく良かったというのが本音だ。
愛し合う者同士の交わりが、こんなに気持ちがいいだなんて。知るはずもなかったのだ。
…だって初めての恋だから。

クラウドは当然のこと、男同士のセックスはザックスも未経験であったから、前戯から挿入まで全てが手探り状態だった。
当然余裕など欠片もない。
汗だくになりながら、我武者羅に抱きしめて、呼吸もままならぬほどにキスを交わして。
本能なのか愛なのか、境界線もぼやけるほどに夢中でクラウドを穿った。
クラウドの腹に出したときの、あのたまらない幸福感は言葉なんかでは喩えようもない。とにもかくにも最高だった。

…それに嬉しかった。
同じ男に抱かれてくれたクラウドの愛が、その愛の深さがあまりに嬉しかった。
一度だって、クラウドは自分が入れたいとは言わなかったし望まなかった。
男として譲れないものがきっと彼にもあったはずなのに、
プライドも沽券も投げ出してザックスを受け入れたくれたこと――
それが愛でなくてなんだと言うのか。



あの夜のセックスが忘れられない。何度でもあの子を抱きたい。本当は毎晩だって抱きたい。



でも現実は甘くない。
セックスはムードと勢いと、そしてタイミングが必要だ。
クラウドの大学の課題があったり、ザックスの仕事が忙しかったり…なかなか二人の甘い時間がとれない。
本来強引さが売りのザックスであるから、タイミングなど気にせず襲い掛かることも出来たかもしれなかった。
でも、それが出来ないのは、抱きたい気持ち以上に彼を大事にしたかったから。

初めてクラウドを抱いた翌朝は、彼は熱を出してしまったし、
腰や全身の関節が悲鳴をあげるといって数日間まともに動けなかった。
あれだけ華奢な体を、欲望のままに突きまくったのだ。
彼にとって大きな負担となってしまったことは言うまでもない。
それでもクラウドは少しもザックスを責めなかったし、行為の最中はきっと感じてくれていたはず――
涙で顔を濡らしながらも、必死にザックスにしがみ付き何度も達した。
自分と同じほど求めてもらうことは出来なくても、二度としたくないとまでは思っていないはず。(と思いたい。)
しかしだからといって、がっつきすぎれば恐がらせてしまうだろう。
ザックスと違い、クラウドは性欲とは無縁に思える。なんといっても天使と見まごう清廉さなのだから。

(それにやっぱり…かっこ悪いところ見せられないし。)
年上の男として、余裕のあるところを見せたいという見栄がある。
好きな子の前でカッコつけたいのは、当然のことだろう。

だから、どうしたって二度目に踏みこめない。
トイレの中で、一度きりの情交を思い出しては右手で慰める。そんな虚しい夜の繰り返しだ。





******



金曜日の夜。
繁忙であった仕事もようやく落ち着き、帰宅を急いでいた。
何よりもクラウドから「早く帰ってきて」というラインが送られてきたのだ。1秒でも早く帰らねばなるまい。
スーツ姿でビジネス街を本気ダッシュする男に、道行く人々は奇異の視線をよこしてくるけれど、
そんなのを気にとめている場合ではない。
駅前の洒落た花屋で小さなブーケを買って、有名な菓子屋でチョコレートケーキを買い、あとは電車に乗り込むだけ――
と、その長いコンパスをいかし、ホームへ続く階段へ大きく踏み込んだ、まさにその時だった。


ドン!!!


階段の上から、ふわりと甘い香りのする金色が胸の中に堕ちてきた。
思った以上に勢いがあったらしく、抱き留めてやるつもりが反動でそれは弾かれてしまう。
床に膝をついて、こちらを茫然と見上げるその子――それは間違えるはずもない、ザックスにとって最愛の、
「おわっ?!クラウド?!」
「ざ…」
ここにいるはずがない。勿論1秒でも早く会いたいと思っていたけれど。
「なんでここにいるの?なんで、」
「ザックス…」
こちらを見上げる大きな瞳から、一粒涙が零れ落ちていく。



「…なんで泣いてんだよ。」



相手が答えるより先に、衝動的にその小さな体を引き寄せた。
微かに肩を震わせているのは、泣き声を耐えているのか、それともよほど恐い経験をしたからか――
彼の旋毛に鼻先を埋めて、両手で痛いほどに力強く抱きしめる。
「クラ、どうしたの?何か俺、不安にさせた?」
クラウドは答えなかったけれど、小さく首を横にふる。
「じゃあ…恐いことあったの?誰かに……何か、された?」
びくり、とおびえたように肩がふるえあがったのに気付いて、それが正解なのだとわかる。

彼に何があったのか――今すぐ知りたい気持ちはある。
けれど怯えるクラウドに問いを重ねるのは酷なこと。
そう判断して、とにかく落ち着ける場所に連れて行こうと彼の手をそっとひいた。

それに大人しく従ったクラウドだったが――けれど、「あっ」と小さな悲鳴をあげて、その足を止める。
ずいぶん顔色が悪い。雪のように白い肌から、いっそう血の気がひいていく。

「どうした?クラウド、」
「……………ザックス、俺、」
「うん?」
「たぶん……服、汚された……」
「えっ?!」

彼が左手で抑えている頸部。
黒のボトムであるため、いったい「何」で汚されたのかがはっきりと見て取れる―――

「誰にやられた?」
「…わかんない。知らない、ひと…」
「ざけんな、ぶっ殺してやる!」

感情にまかせて声を張り上げると、クラウドが表情をこわばらせた。
「……えっと、ごめん。違くて、クラウドに怒ってんじゃないから。ごめんな、クラウド。」
慌ててそう弁明して、バックポケットに入れていたハンカチを出す。
そして、彼の左手と尻を汚す、「それ」を拭ってやった。
「俺のクラウドに、ふざけたことしやがって…」
怒りを言葉に出しても仕方がない、むしろクラウドを怯えさせてしまう。それはわかっているけれど、でも。
愛する恋人の体が――どこぞの変態男の「精液」で汚されて、黙っていられるものか。

「おいで、着替えないとな。」
ふいてやったとはいえ、汚れた服のまま帰宅までの道のりを歩けるわけもない。
人眼を気にするクラウドのため、自分が壁になるように彼を歩かせながら、
駅に直結するデパートへと彼を連れていった。





化粧品売り場にある男性用トイレ――は、女性の化粧室とは違いほとんど人の出入りはない。
先に手を洗って清めた後、一番奥の個室に二人で入ると、汚れた衣服を全て脱がせた。
ボトムだけでなく、コートの内側やセーターも汚されたようだ。

「パンツは?」
「…たぶん、平気。そこまでしみてないと思う…」
「でもやっぱ、パンツも脱いで。」

ザックス自身が潔癖なわけでは決してないが、この場合は話が別だ。
最愛の恋人が、他の男の欲望をかけられた――
汚れた可能性が少しでもあるものならば、それらは今すぐに剥き捨ててしまいたい。

クラウドも気持ちが悪いと思っていたのか、少し躊躇したものの大人しく下着を脱ぐ。
結局全裸になったクラウドの体を、カバンにいれていたタオルを濡らしふいてやれば、彼は両手でその肌を覆った。
恥ずかしいから、ではなく…おそらくは、寒いからだろう。
「ごめん、寒いよな。」
いくら空調のきいたデパートのトイレとはいえ、真冬に全裸で、しかも冷たいタオルで体を拭かれれば体が凍えて当然。
自身のスーツとコートを脱いで、慌てて彼を包んでやる。
ザックスの体温で温まっていた衣服を身にまとったクラウドは、安心感からほっと息をついた。

「待ってて、今おまえの服買ってくるから。誰がきても絶対あけるなよ。」
おそらくは見知らぬ男に襲われたばかりのクラウドを、裸のような状態で、一人残すことは本意ではない。
けれど、着替えは必要だ。上の階のメンズファッションの売り場で、彼の服を調達してこなければ。
そう思って個室から出ようとしたザックスだが、瞬間後ろから抱きつかれて足が動かせなくなる。

「え…と、クラウド?」
「いかない、で…」
「ごめん、心細いよな?すぐ戻ってくるから、」
「……おねがい、」

可憐な外見に反して、そこらの男よりもよっぽど度胸がすわっているクラウドが。
こうしてザックスにすがってくることなど滅多にない。
そのクラウドが助けを求めてきているのだ、その手を離すことなどザックスに出来るわけがない。
包んだコートの上から彼を抱きしめながら、同僚のカンセルに電話をかける。
たしか今頃、対美人看護士との合コン≠ノ参加しているはずだが――

「もしもし、カンセル。今どこ?合コン?知ってる、ナース相手のやつだろ。」
場所は会社近くの居酒屋だ、ここから数分の距離のはず。
「それで悪いんだけどさ、今すぐ服一式買ってきてくんない?なんでって、必要なんだよ。
ナースどうすんだって…俺もその子たちと飲んだことあるけど、どうせカンセル好みの清純系じゃないから。」
ろくに理由もいわず、一方的に頼み込むザックスの態度に、カンセルも電話の向こうで文句を言い募る。
だが、「SかSSサイズの服」と情報をひとつ追加しただけで、友人はすんなり了承してくれた。
ザックスが『誰のために』無茶苦茶な願いを言っているのか、即座に理解したのだろう。

「クラウド。カンセルが服もってきてくれるから。寒いだろうけど、ちょっとの間我慢な。」
「…カンセルさんに悪いよ。」
「いいんだよ。あいつもクラにメロメロだし。」
「何言ってんの…そんなわけないだろ。」
「それに、文句いっても俺のこといつも助けてくれんの。同僚っていうか、あいつはダチだからさ。」

クラウドをぎゅうぎゅうと抱きしめれば、互いの体温がじんわりと伝わってきて温かい。
クラウドはコートの下が裸であるから寒いのは当然、ザックスもシャツ一枚であるからやはり寒い。
お互いに暖をとるため、きつく抱きしめあっていれば――
そんな「つもり」こそなかったものの、一か月以上欲求不満状態のこの体、やはり疼いてきてしまう。
ただでさえ、服を脱がして体を清めてやったのだ、その魅力的な肌を目にしたばかりなのだから。



「………ザックス、」
「なーに?」
「……あたって、る…っ」
「だって、一か月以上してないし。ていうか、一回しかしてないし。すっげえクラウド不足だもん俺。」
「…ザックスが、してくれないから。」
「えっ、していいの?」
「……そりゃあ、俺みたいなのとしたくないだろうけど………、」
ザックスのシャツに顔を埋めたまま、もごもごと呟くクラウドの見当違いな台詞。
クラウドとしたくない?
――まさに文字通り、ザックスの身も心も虜にしておきながら。どうしてこの子はそう思うのだろう。

「ちょっと待って、んなわけねえだろ!こんなバキバキに勃起しちゃうの、クラウド相手だからだし!
俺がどんだけ、おまえの体を思い出して抜いてると思ってんだよ!」
「え、抜いてるの。」
「毎晩抜いてる。」
「それは多すぎじゃ…」
「クラの可愛い寝顔を見ながら、朝抜くこともある。」
「多すぎだよ!バカ!変態!エッチ!」
「それ、」
「なに?」


「オマエにエッチって詰られんの妄想して、何度も抜いた。…すっげえ俺好み。もっと言って。」


そう強請ってみるも、その愛らしい唇に食いついてしまえばもう言葉は紡げない。
角度を変えて、その柔く甘い唇を味わっていると、彼の膝が折れてもたれかかってくる。
倒れぬようにと彼の細腰をぎゅうと抱きしめてやると、クラウドは「ひっ」と小さく叫び声をあげた。
「…クラも勃ってんじゃん。」
「……………だって……っ」

一度だけのセックスで、わかったことがある。
普段クールな印象のクラウドだけれど、ベッドでは180度裏返ること。
恥ずかしがりやで、感じやすく、実は甘えたがりなクラウド――そして、その性癖はどう考えてもM気質であること。
羞恥を煽るような台詞を言われたり、激しく求められると、たまらなく興奮するようだ。たぶん、そうだと思う。
だからこの発言も、別に彼を責めるつもりでも、辱めるつもりもなく。
あくまで睦言のひとつとして口にしただけであった。



「すっげえエッチな顔しちゃって。ねえ、俺のこと誘ってんの?」



とたんクラウドは、顔を歪めると、ザックスの胸の中から逃げていってしまう。
「え、クラ?ちょ……泣くなって!、」
「俺、やっぱり変、なんだ…」
「いや、そうじゃなくって、今のはプレイのひとつというか、」
「さっきも、電車の中で同じこと言われた。…え、エッチな顔してるって……」
「…そいつ、マジでぶっ殺したいんだけど。」
「俺が悪いんだ。」
痴漢は加害者が悪いに決まっている。
たとえ超ミニスカートを履いた女子高生相手であっても、
そんな短いスカートをはいていれば男を誘っているに等しいなど言って痴漢するような男はただのクズだ。
ザックスはそう思う。

「クラウドが悪いわけないだろ。」
「俺が、ザックスのこと考えてたから…」
「え、俺?」


「ザックスと、今日エッチ出来るんだって―――そういう、変なことばっかり、考えてたから………、」
だから、変な男を呼び寄せたのだと。


ザックスからの侮蔑や拒絶を恐れてか、涙で瞳を潤ませる彼には悪いけれど、正直それは…
「ごめん、やばい嬉しいから。それ。」
まさかのまさか、クラウドがザックスとのセックスを期待してくれていたということ――
普通に嬉しい。嬉しすぎる。




「なあ、クラウド。ここでしたいって言ったら…怒る?」




まだ二度目のセックスだ。
本当ならばムードを大事にして、部屋でたっぷり時間をかけて抱いてあげるのが正解だろう。
でも、いったいこの愛しさをどう抑え込んだらいいのだろう。わからない。もうこのままめちゃくちゃに抱いてしまいたい。

クラウドはもはや羞恥でこちらを見ることも出来ないのか、再びザックスのシャツに顔を押し付けたまま動かない。
押しに強いのがザックス。そして、押しに弱いのがクラウドだ。
おそらくはあともうひと押しで――




「怒るに決まってんだろーが。」




「「え?!」」
「便所ってのはなあ、喫煙とセックスは禁止なんだよ。ルールは守れ。……っていうか、」
応えてくれたのは、可愛い可愛いクラウドの声ではない。
ドアの外側に立つ男、それは今夜こそ優しく清廉な女性と出逢い、
結婚を前提にした本気のお付き合いをするんだと意気込んでいた、





「ナースとの合コン、ばっくれて来てやったんだぞ!一人でいい思いしてんじゃねーよザックス!」
――彼女いない歴3年半のカンセルである。








トイレでってのもいいけど、まだ2回目なんで。試練すぎると思いやめました。(どうでもいい)
(2015.02.10 C-brand/ MOCOCO)


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