ご注意
*「美 女 と 野 獣」 パロディです。が、結局、原作童話は関係ありません。
*ルビがどうしても綺麗にふれず…諦めました…(:3」∠) 読みづらくてすみません。



致命傷を負ったはずの野獣が、眼を開けました。
痛くないから大丈夫、そう少年に笑いかけます。

心臓を穿たれても笑っている化け物を、
人々は恐れ慄きました。
…でも、気付いたのです。

もう野獣の眼には、何も見えていないことを。


Story18.身分制度(テトラム)



艶のある黒い髪、高い鼻筋、シャープな顎。それに、不思議な深い蒼に輝く瞳――
女はもちろん、同性の男であっても思わず魅入ってしまうほど端麗で精悍な、ザックスという男の容貌。
実際、クラウドも目が逸らせなかった。男の瞳に捕らわれてしまったように、ずっと見つめ合っていた。

時間が止まっているようだ。互いに何も語らず、動かず。
けれど目の前の男の、せっかちな心臓の音だけは聞こえたから、確かに時は刻んでいるのだとわかる。
「…逃げても、いいよ。アンタなんかいらないって、言われる覚悟はできてる。……つもり、だから。」
クラウドの視線を真逆の意味に誤解したザックスは、悲しそうに微笑った。

「逃げないよ。思ってたよりも、全然俺のタイプじゃないなってがっかりしただけ!」
ザックスの酷い勘違いに腹がたって、わざと可愛げのない反論をしてしまう。
勘違いさせたクラウドも悪いけれど、今のはザックスが悪い。今更、こちらの心を疑うなんて。
「どういうのが良かったんだっけ?」
「黒髪で、かっこよくて、可愛くて、目が綺麗で……俺に、世界で一番優しくしてくれる。そういうひと。」
「………とりあえず俺だって、黒髪じゃん。」
とりあえずどころか、全部ザックスそのものだ。それなのに、何故こうも鈍いのだろう。

「そのほっぺたの焼印……」
「うん。」
「痛い?」
「いや、今はもう痛くない。全然。」
「そう――それなら、いい。」
「………。」
ザックスはその切れ長の目を見開いて、呆けたような表情になった。何をそんなに驚いているのだろう。



「クラウドは………〝テトラム〟って、知ってるか。」



意を決したように、そうザックスは切り出した。
ただ、それは質問というよりも、おそらくはクラウドの答えを知っている言い方だった。
「うん。ニブルヘイムでも、その制度はずっと昔からあるから。」

〝テトラム〟――それは、おそらくは世界共通の〝身分制度〟をそう呼ぶ。
人々を「4階級」に分けるその制度は、幼子から老人まで、東から西、北から南まで――皆が知る社会制度であり、古くから伝わる風習・伝統だ。
それは、ニブルヘイムという辺境の小さな村でも同じこと。

身分制度(テトラム)の最高位者は「聖職者」であり、神に代わって人々を選別する権利を持つとされている。
次いで軍人や華族、それに一部の高所得者を指す「貴人」、その下に農民や商人等の一般労働者の「平民」、最も下位に置かれたのが奴隷や罪人であり「隷奴」と呼ばれている。
身分(テトラ)は出生でそのほとんどが決まるけれど、例外はある――たとえば罪過を犯したものは、罰として最下位の隷奴に落とされる、というような。

ニブルヘイムでは、貧富の差はあれどもクラウド含め、皆が「平民」の身分を持つものだった。
否――隷奴と呼ばれた者は、迫害を受けるのが常であるから、はるか昔に村から追い出されてしまったのかもしれない。クラウドが知らないだけで。
そして、その4つの身分(テトラ)にさえ当てはまらない者がいた。
大量殺戮や猟奇殺人、カニバリストなど、人であることを捨てた鬼に等しき者。彼らを人々は、恐怖と侮蔑、嫌悪の感情を持ってこう呼んだ。


―――「野獣」


つまり、ザックスが隠していたのは。
顔の造形や容姿の醜美ではなく、ひとでないとされた〝身分〟だったのだとわかる。







「……ミッドガルから逃げ出して、あの城に辿り着くまでの1年間。教会と神羅のやつらから逃亡中、たくさんの人間に逢った。 俺の顔を見て、俺が身分(テトラ)を持たないと知って、人間たちはみんな俺を恐れて排除しようとした。 出会いがしらに発砲してくる大人、石を投げる子供――。 でも、中にはそうしないで、俺を匿ってくれるひともいた。 食事を与えて、寝床を貸してくれて、辛かっただろうって涙ながらに俺を理解してくれたんだ。」

それはザックスにとって、遠い過去の話ではない。ほんの2年前の話だ。
「でも、そういう人たちも、昼間は優しくしてくれたのに――夜になると、刃物をもって襲い掛かってくる。味方のふりして油断させて、最後には裏切るんだ。…みんな、そうだった。」

ザックスの頬に大きく刻まれた「烙印」を見て、恐怖した人間たち。
ザックスの性格や過去を知らず、知ろうとせず、ただその文字だけを理由に彼を差別して迫害したのだ。
彼が、人を信じることを諦めてしまうぐらいに。自分が人であることを、諦めてしまうほどに。


「…でも、クラウドと出逢った。」


クラウドが彼の頬に手を伸ばすと、ザックスはびくりと体を硬直させて、大きく目を逸らせた。
「俺も、ザックスを裏切ると思う?…俺が恐い?」
頬の烙印を、そっと指の腹でなぞると、ザックスはおそるおそるというふうにクラウドに視線を戻す。
「クラウドは、他の人間たちとは違かった。俺の名前を呼んで、噂や伝承よりも、俺の言葉を信じてくれた。」
今度はザックスの右手が、クラウドの頬に優しくそえられた。
そうして、淡く煌めく光――これはクラウドがよく知る、ザックスの使う〝かいふく〟の魔法だ。

「人間が憎かったから。もう絶対に、ひとを癒す魔法なんて使えないと思ってたんだ。 …だけど、おまえを見ていると、風邪も怪我も治してやりたいし、痛い思いしてほしくない。泣かせたくない。 クラウドだけには、当たり前みたいに、魔法が使えたんだ。」
クラウドの額や口元から、痛みが抜けていく。傷が治っていくのがわかる。


「おまえといる時だけは、化け物じゃなくて、人間でいられる気がした。」


「ザックスは、ザックスだよ。初めて会ったときから…俺のこと、世界で一番、優しくしてくれたもん。」
ザックスの掌から放たれる、温かくて、美しいひかりの魔法。
それはザックスの心そのもの――暗闇が彼の姿形を隠しても、その心は隠すことが出来なかった。

「さっきはタイプじゃないって、」
「嘘に決まってるだろ、ばかザックス…ん、んん…っ!」
また可愛くない言い方をしかけたところで、ザックスにその唇を塞がれてしまう。
息が出来ない、ほどの激しいキス――違う、息が出来ぬほどに、このひとが愛おしかった。

「ざっくす、くるし……っ、」
「クラウド、もう一回呼んで。俺のこと、さっきみたいに、」
「や、じゅう…?」
「うん、」

愛しい、俺の野獣―――

「おまえの野獣なら、そう呼ばれるのも悪くないな。」
クラウドの優しい野獣は、白く美しい八重歯をみせて笑った。






***********


どうして、ザックスはクラウドの居場所――サンドロの屋敷にいることがわかったのか。
まだ自由の利かぬクラウドの体を、ザックスは優しく抱えながら、「ごめん、本当はずっとつけてたんだ」と白状した。
城からずっと、金色のチョコボ「ボコ」に乗って、クラウドとティファを追いかけていたのだという。
そういえば、クラウドが黒チョコボから降りたとき。チョコは城へ戻ろうとしなかった。
今にして思えば、城にザックスがいないことを理解していたからかもしれない。チョコボは聡い生き物だ。

「やっぱり、心配だったし……。生贄が死から逃れようとすると、懲罰を受けたり、処刑されたりって聞いたことがあるから。 おまえに危険がないってわかれば、本当は会わないで城に戻るつもりだったんだ。でも、この屋敷からティファって子が逃げ出してくるのを見て。 彼女も服が乱れてたし、泣いてたし……おまえに何かあったんじゃないかって、」
「ティファは、」
「無事だよ。おまえの家に戻るように言ってある。」

解毒効果のある薬を渡したあの後、はたしてティファが無事逃げ出せたのか。
心配していたけれど、彼女の無事を知れて安堵する。
「無事で良かった…本当に、」
「あの子――ティファも、おまえのこと心配してたよ。屋敷から飛び出してきたとき、誰かクラウドを助けてくれって、泣き叫んでたから。……村の連中は、誰も家から出てこなかったけど。」
奇妙なほどに、静まり返ったニブルヘイム村。
そういえば、天気が荒れているわけでもないのに、屋外には誰の姿も見られない。昼間からずっとだ。

「俺なりに、ニブルヘイムの病気のことを調べたけど…今時点で、すでに20人以上が亡くなったらしい。それだけじゃなくて、同じ数だけ感染者もいるらしいから…死者は倍以上になる。」
それは、クラウドも母から聞いていたことだ。
「どうしたら、いいのかな。病気が感染らないように、ただ、隠れてるしかないの…?」
おそらくは、村の人々は皆、家に閉じこもり――せめて自分だけはと、恐ろしい病から逃れようとしている。
隣人が病気に苦しんでいても、誰かが助けを求めても、見ないふりをして。

「薄情なようだけど、村人の判断は懸命だ。やっかいごとには関わらない――それが結果的に、病人と健常者を隔てて、感染を防ぐことになる。」
「そう、かもしれないけど…」
ザックスの冷静で合理的な言葉は、理解は出来ても、心が納得できない。
だって、もしも自分の大切なひとが病に感染してしまったら…そう割り切れるだろうか。
母やティファ、それにザックス――このひとがもし、この死病に臥せったら?

「もし、自分の大事なひとが病気になったら…俺は傍にいたい。関わらないなんて、無理だよ。」
何も出来なくても、ザックスのようにひとを癒す魔法は使えなくても。
せめて、手を握ってあげたいと思うはず――
そう本心を吐露すれば、ザックスは目を細めて笑った。てっきり、呆れられると思ったのに。

「クラウドなら、そう言うと思ってたよ。俺も、今なら『それ』が出来ると思うんだ。」
「それ?」
「……手を握ってあげる、とかさ。」
意味ありげに呟くザックスに首を傾げると、彼はクラウドの髪にそっと唇を押し付けた。



「クラウドのおかげだ。おまえが俺の呪いを解いてくれた―――物語みたいに。」





*********


音もなく、静かに雪が舞い散り始めた。

静寂に包まれた村を横切り、クラウドの実家に戻ってくると、ザックスは裏口の前で足を止めた。
そうして、抱えていたクラウドを降ろして、立てるかと問いかけてくる。
「ごめん…俺は、これ以上は行けない。」
「え?なんで……、母さんなら、大丈夫だよ。ザックスに面倒みてもらったって、説明してあるから。きっと母さんもザックスに御礼を言いたいはず、」

「クラウド。身分(テトラ)を持たないって、そういうことなんだ。」

申し訳なさそうに、彼は眉を下げるけれど。どうして彼がそんな顔をせねばならないのか。
「人の家にあがることは禁じられている。本当は、こうやってクラウドと話すこともいけないんだ。」
「俺は身分制度(テトラム)なんてどうでもいい!」
「おまえがそうでも、周りは違う。俺と一緒にいるのがわかれば、クラウドも、クラウドの母ちゃんも責められるんだよ。」
ごめんな、と。もう一度謝るザックスに、クラウドが縋ろうと手を伸ばせば。
彼は身を引いてそれを交わしてしまう。穏やかで、優しい――けれどたしかな拒絶だった。


「俺に触らない方がいい。…誰が見てるかわからないから。」


身分制度(テトラム)の伝統は、世界中でとても根強い。
身分(テトラ)を持たぬもの――〝ひとでない者〟は、人間との婚姻や恋愛が禁止されているのは勿論のこと。
会話や、その肌や衣服にふれること、それどころか〝相手の影を踏むこと〟さえ許されないとされている。

「……まさか、もう、城に戻っちゃうの」
せっかく、彼の〝本当〟を知ることが出来たと思ったのに、まさかザックスは戻ってしまうのだろうか。
繋ぎ止めたいのに、優しいザックスは彼に触れることさえ許してくれない。

「いや――まだ、やることがある。おまえは連れていけない。」
「それって、」
「用が済んだら村を出ていく。おまえは、連れていかない。」
繰り返し拒絶されて、クラウドは返す言葉を失う。
ザックスはクラウドの身を案じ、村まで追いかけてきて、正体を明かしてくれて。たしかに二人、心が通い合ったと思っていたのに。

「クラウド。…勘違い、しないでほしいんだけど。おまえのこと、嫌いだから置いていくんじゃない。大好きだけど、大好きだから、置いていくんだ。わかってほしい。」
「わからない。」
「もし、俺といることでおまえまで身分制度(テトラム)から堕ちたら、」
「わからない!」

本当は、わかっている。
ひとでないとされたザックスが、これまでいかに生き辛かったか。命の危険に晒されてきたか。傷ついてきたか―――
〝差別を繰り返すのは、人間の性なんだぞ〟
レノが言っていた通り。それが現実なのだ。人間はときに臆病で、薄情で、狡猾で。ひとの幸よりひとの不幸を喜ぶ。

人間は、なんて醜いのだろう。
こんなものがひと社会の現実で、ひとの姿だというならば、人間なんかに生まれたくなかった。
けれど――クラウドも、その醜悪な人間。
自分が身分(テトラ)を失うのはいい。けれどもしも、大切な母やティファを巻き込んでしまったら……脳裏に一瞬、そんな保身に走る思考が浮かんでしまったから。

「いつかまた、会えるかもしれない。…あるいは会えないかもしれないけど、でも、おまえが生きている限り――そう思うことが出来るから。だから、きっと、俺も生きていける。」
そんな些細で、ちっぽけな希望だけを支えに、これからも独りで生きていこうとするなんて。

「今までも、これからも。おまえは、俺の生きる意味だ。俺を生かしてくれて、ありがとう。」
続くザックスの言葉は容易に想像できて、聞きたくないと思った。けれどクラウドが耳を塞ぐ前に、



「………さよなら、」



「行かないで!」
彼に掴み掛ろうとすると、柔らかい動作でいなされてしまう――
負けるものかと、さらに一歩踏み込むと、彼の逞しい胸板に撃突する。
「げほ、げほっ…!本当、クラウドって……ほっせえのに男らしいよな。」
「ザックス、行かないで!お願い!」
「ときどき、やけに情熱的だし。」
「…ザックスが村にいられないなら、俺が村を出る。母さん達のことは、これから考える、だから時間を」
「クラウド。目を瞑って。」
「え……?」
「キス、したいから。…お願い。」

人目を危ぶんで、先ほどまで触ることさえ許してくれなかったのに、どういうことだろう。
突然の申し出に戸惑うけれど、彼の掌がクラウドの頬を包み込めば、彼の願いを聞き入れるしかなかった。

彼の言葉に従って、瞼をぎゅっと閉じる。
クラウドの頬に添えられたザックスの手からは、体温ではなく、肌に巻かれた布の感触がする。
先ほどナイフで怪我をしたザックスの右手―――彼が癒しの魔法で直したのは、クラウドのことだけ。
彼自身の怪我は、まだ治していない。


「ザックス……手の傷、治さないの?」
「ああこれ?いいんだ、痛くないし。っていうか、クラが舐めてくれたからもう治った気がする。」
「治るか、ばか。そもそも、ひとの唾液には雑菌が含まれているから、舐めとけば治るなんていうのは医学的にNGだって、ドーマクの本に書いてあったよ。」
「ははっ、正しいけど。クラウド君、堅物すぎ~」
「……ザックス?」
「…………」
「ザックス、」

いつまで待っても触れてこない唇に、耐えきれなくて思わず瞼を開けてしまう。
そのとき、気付いたのだ。

癒しの魔法は、「治したい」対象でないと治せない。
だからザックスは――自分を愛せぬ彼は、自分の傷を癒すことは出来ないのだと。

そうして、クラウドの目の前には、深く積もった雪に残された足跡。
どこまでも続いていくその足跡が、降り出した雪によって隠されていくのを茫然と眺めながら。
ザックスが、クラウドを置いて消えてしまったのだと………その時ようやく、知ったのだ。










愛しい、俺の野獣――


命に順位をつけるのは、間違っているはずなのに。
本当は、俺が誰よりも傲慢で独り善がりだ。

100人の病を治すより、俺は
貴方の傷を癒す術を 探してしまうから。








無念
(2018.02.04 C-brand/ MOCOCO)


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